科学で説明できないことだらけ。
昔、前世とか、霊感とか、オーラとか、そういう目に見えないものは、
正直あまり信じていなかった。

けど、この1年ちょっとくらいの間で、出会った人や話を聞いたりしてるうちに、
そういう事もあってもちっともおかしくないな、と思うようになった。

自分は全然霊感とかないけれど、妹は去年沖縄を放浪していろいろな不思議な体験をして、帰ってきたときから、ちょっとした霊感を感じるようになったという。
妹の場合は、幽霊が見えるとかじゃなくて、体で直感的にその存在を感じたり、人のオーラの色が見えるとか、そういった類のものだ。
(ちなみ余談だが、僕のオーラの色は赤と青を併せ持っているそう)

また仕事で、お客さんから渡された胎内記憶というテーマの映像を扱った時に、その内容を見て驚いた。3~10歳くらいまでの子をインタビューしている内容なのだが、お母さんの体の中での記憶を憶えていて、その時の体勢や、家庭内で起こっていたことをなぜか知っているのだ。そしてもっとすごい子は、空の上から自分が生まれたいという母親を選んだという記憶を持っている子も何人かいた。

普通に考えたら、ちょっと信じがたいことだけど、それを100%ウソだという根拠を自分は持ち合わせていない。正直どちらかが正しいなんて、今のところ誰もわからないけれど、僕はそういった事実があってもおかしくないと思っている。

普段ほとんどTVを見ない自分だが、最近『オーラの泉』という番組を見て、
世の中にはすごい能力を持ってる人がいるもんだと感心したと同時に、
「自分が今この時代に、ここにいるのは意味あることなんだ」と思ったりもした。

ここまでの文を読んで、何を言ってるんだこいつ、と思う人もたくさんいると思うけれど、
これはあくまでも今の時代の常識であって、未来にひっくり返る事だって充分にありえる。

200年前には電話も、飛行機も「ありえない」ことだった。

今どんなに科学が発達したといっても、人間の血を作る事もできなければ、目も作る事はできない。水だって、H2Oという分子レベルでは解明できても、なぜそれが、言葉、環境によって形状を変えるのか誰にも解明できていない。

今、自分の魂は人間と言われるこの体に宿って、
いろんな人に出会って、たくさんのものを見たり、聞いたり、感じたりしながら、
2006年春という時を過ごしている。

わかっていることは、自分はいつか死ぬということ。
ただ、それを悲観的に捉えてるのではなく、自然の摂理として感じている。
畏れはほとんどない。

死ぬ直前に、「いい人生だった」と思える人生を歩んでいく。
それが僕に与えられている運命なんだと思う。
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by shuxaku | 2006-04-21 01:48 | +++ Diary +++
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