以前、僕が住んでいたところと今の家。
b0069430_181838.jpg
大学の頃、家賃37000円の部屋に住んでいた。
そこは、13畳の1ルームだった。べランダも2畳くらいあって、南向きだったせいか、いつも陽射しが差して明るい部屋。風呂もトイレも別々で、キッチンも広かったので、すごく好きな部屋だった。鉄筋のマンションで、ベランダから外に向けると、向こうには住宅街が広がって、その向こうに緑の山の連なりが広がっていた。

大学までチャリンコで10分ほどで、田舎だが通学には便利なところでもあった。
マンションの裏山の上には針木の浄水場があって、ちょっとした広場になっている。ただ、そこにたどりつくまでには500m程のかなり急な上り坂を昇らないといけない。
普通の人はすぐに自転車をこぎ続けるのを放棄して、歩いて自転車を引っぱる。

基本的にアホな僕らは、一回も降りてはいけないというルールのもとに、坂道をじぐざぐに
ふらふらしながら、こぎ続ける。一度でも足を地に付けた者は、頂上に着いた時点で、ビールを一気飲みをしないといけない。登り終わった後は、汗が体中から噴き出していて、それはまるで200m全速力ダッシュし終わった後のような感じだ。

ただでさえ、息があがっているのに、そこにビールの一気飲みはかなりしんどいものがある。
だから皆が必死だった。

あの頃、僕は20をちょっと過ぎたくらいの年頃だった。
それなりに多感な時期だったと思う。

そこからは高知市内の街がよく見渡せて、僕はお気に入りの場所のひとつでもあった。

布団に入ったら5分もしないうちに眠ってしまう僕が、気持ちが高ぶって眠れなかった夜。
気づいたら外が明るくなって、眠る事をあきらめて、チャリを引き連れて、一人頂上に登り、ベンチの上でひとりぼんやりと朝陽を眺めていた事もあった。あれは確か、仲間と一緒によさこい祭りのチームを作ったときのことだったと思う。

春は頂上で咲き乱れる桜の木の下で花見をしたり、
夏にはしし座流星群を眺めていたこともあった。

今日、自分の部屋の掃除をしながら、
なぜか、そんな事を突然思い出した。

当時住んでいた部屋は、統一性のない雑貨であふれ、部屋の壁にはたくさんのポストカードや麻布や洋画のポスターなどが貼られていた。他にスノーボードやベース、アコスティックギター、シンセサイザー、そしてたくさんの本で13畳の部屋といえども狭く感じていた。
卒業で、引越しの時、あまりにの荷物の多さに辟易して、途方にくれていたりもした。

それに比べたら今の部屋はシンプルで、永く使っていきたい道具だけ。
当時の自分にとっては殺風景だろうが、今の自分にとってはすごく居心地がいい。
そしてたくさんの夢や希望を紡いでくれる。
b0069430_134976.jpg


ありがとう、マイハウス。
[PR]
by shuxaku | 2006-12-29 00:56 | +++ Life +++
<< あけましておめでとうございます。 勉強をはじめる。 >>