深夜に成都をおもう。
今、こんな時間だというのに起きてます。(なぜか徹夜中・・・)

明日(というか今日)からまたキャンプ(野外フェス)に行くから、テントやらダッチオーブンやら、料理の下ごしらえなど、いろいろとやっているのだが、なかなか進まない。
何かアクションを終えるたびに、ジャンベ叩いたり、聞いてる音楽変えてみたり・・・。
まるで、集中力のない子どもみたい。

朝6時には神奈川の湘南エリアに行かないといけないので、この文を書き終えて、30分で支度を終えたら、車に乗って、途中の高速のSAで仮眠してしまおうと思う。

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今週ショッキングなニュースがあった。
中国四川省を震源とした大地震。

僕は今まで2回ほど四川省に行った事がある。
1回目は、上海留学中の2004年5月のGW、四川省にある世界遺産を巡る旅だった。
そして2回目は、同じく04年の年末年始に行ったチベット旅で、その玄関口に四川省は位置するため何日間か滞在した。

そういうこともあり、今回の地震は他人事とは思えないし、現地に住む友人の安否が気になる。


はじめて四川省を訪れたのは、僕がまだ上海での留学生活をスタートさせたばかりの頃。その最初の連休を利用して、中国人の先生に勧められた四川省へ出かけた。



そしてそこで、僕は1人の中国人女性と出会った。

彼女との出会いのきっかけは「イトーヨーカードー」だった。
成都で日本人が経営するドミトリーにチェックインをして、僕はこの町にヨーカードーがあることを知った。こんな中国の内陸にヨーカードーだなんて・・・と僕は少し興味を覚えた。

翌日から中国人ツアーで成都を離れるし、この日は時間もある。のんびり街中を散歩でもしながら、ヨーカードー探しでも楽しもう。そんな軽い気持ちから、僕のヨーカードー探しの小さな旅がはじまった。

一応、成都の市街地地図は持っていた。
ただ、だいぶ昔の「地球の歩き方」だったため、どこにヨーカードーがあるのかはわからなかった。けど、なんとかすぐに見つかるだろう。全く根拠のない、思い付きだった。

まあ、予想通りの展開というか、実際はそう簡単には見つからなかった。
歩けども、歩けども、それらしい建物がない。ショッピングエリアだから、店はたくさんあるし、人もうじゃうじゃいる。ヨーカードーの袋を片手に持っている人もいるから、多分近くにあるはずだろう。けど、それでも全然見つからない。

空も茜色から深いブルーに変わりつつあった。

僕はギブアップした。自分で見つけるのを止め、人に尋ねよう。

ちょうど、その時、自分の目の前をゆっくり歩いていたのが彼女だった。
片手にヨーカードーの袋をぶらさげて。

「请问、ヨーカードー在哪儿?」(すみません、ヨーカードーはどこですか?)
僕は彼女に尋ねた。

すると、彼女は人差し指で、ヨーカードーがある方向を示した。
僕はありがとう、とお礼を言って、指差された方向へ向かって歩き始めた。

だが10m程歩いたところで、肩を突然叩かれ、振り返ると、さっきの彼女がいた。
僕はそこで初めて気づいたのだが、すごく可愛らしい女性だった。
僕は足を停め「ん?」という顔をすると、恥ずかしそうに、別の方向を指差し「ごめんなさい、やっぱりあっちの方でした」というような内容の言葉を言った(のだと恐らく思う)。

再び、お礼を言おうとすると、彼女は続けて「私が途中まで案内します」と言い、近くを通りかかった3輪自転車を手を挙げて停めた。
僕は心の中で、「タクシー使うほどの距離なの?」という疑問と、このあまりの親切さに、心の中で「何かたくらんでるのでは?」と僕は正直彼女を疑ってしまった。

それまでの3週間の上海生活でいろいろと小さな洗礼を浴びていたこともあったから。

けど、結果的には、彼女は僕が中国に来て、初めて会うタイプの人間で、
見ず知らずの、しかも数分前に路上で出会ったばかりの僕にも親切だった。

僕ら2人を乗せた3輪自転車があっという間に、ヨーカードーの前に着くと、彼女は運転手にさっと代金を支払った。
僕が案内してもらったのだから、僕が支払うと言っても、彼女は笑いながら顔を横に振るだけで、決して僕からのお金を受け取ろうとしなかった。

ヨーカードーの中に入っても、いろいろ案内をしてくれ、
僕が翌日からの旅に必要な生活品を一緒に探してくれた。

ヨーカードーを出ると、「短い間だったけど、楽しかったです。私は家に帰ります」と言う彼女の前に、僕はどうやってお礼が出来るかと考えた。そして別れ際に、連絡先を交換した。

それから僕は翌日、中国人40人のバスツアーに日本人僕1人紛れ込んで、キュウサイコウへのバス旅に出かけた。そこで、彼女へのせめてものお礼を買って、再び戻った成都の街で彼女を食事に誘い、お礼の土産を渡した。

その後は、僕は上海で、彼女は成都。数千キロの距離が離れながらも、たまにメールで僕の中国語の先生となってくれた。

恋愛感情とかではなく、1人の人間としてすごく尊敬できる中国人に出会えたことが嬉しく思う。

以前と変わっていなければ、彼女は今も成都の街で会計士の仕事をしているはずだ。
最近僕からメールをしたが、とても返信どころではないんじゃないかと思う。


「不见不散」という僕が中国語で好きな言葉がある。
これは彼女から教わったのだが、待ち合わせの時とかに使う言葉で「あなたが現われるまで、帰りません」、つまり「あなたが来るまでずっと待っています」という意味なんだそう。
時間にルーズな人が多い国だから(?)、こんな言葉が生まれたのかなと現実的なことを考えたりもしたが、それでもやっぱり素敵な言葉だと思う。


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(写真:『成都の路上で生きる』 コンペ出展作品 2004年5月4日  Nikon FM3A )


僕が教育支援させてもらっていた中学生も、たまたま東チベットなので、わりと震源地に近いエリア。こちらもすごく心配です。


チベット問題で揺れる時期に襲った震災で、一刻も早く復興を祈るばかりです。
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by shuxaku | 2008-05-17 03:52 | +++ Diary +++
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