テスト期間
今は学校のテスト期間中。
今日3科目の試験受けた。あとは、作文と面接形式の口語の試験のみ。
ある意味やっかいなものが残ってしまった・・・。


今年の初めに大学時代の親友にメールを送った。
彼が幹事をやった年末の忘年会どうだった??って。
そしたら、こんなメールが返ってきた。

『国コミ忘年会はサイコーだったで。DONでやったんだけど、なんと集団食中毒!オレとカ
ワイは同じ家の一階二階で苦しみ、IとOは枕を共にして苦しみ、Kくんに至って
は入院までする始末。おかげで僕らの結束ははより強まりました。ああ、いい忘年会だっ
たなぁ。』

マジでこいつアホだと思いました。究極のプラス思考というか・・・。
自分は当事者ではないし、このメール読んだ時、それぞれの顔を思い出して、笑ってしまったんですけど、普通はやばいでしょ、これ??って感覚ですよね。

そんなメールを送ってきたT君、今年は転職活動。
自分の周りには彼以外にも、今年転職希望の人が多く、あと起業する人もいたりして、
エネルギーにあふれてる。
自分は今の仕事好きだし、ずっとやらなければいけないとも思ってるから、
転職はしないけど、そのエネルギーだけは負けられない。

仕事、勉強、趣味ともに『挑』の一年を目指して、動き出そうと思います。

そして今年は賭け事もあって、海外旅行を賭けてのTOEICの勝負。
年末に友達を集めて、その飲みの席で自分ら2人が『いっせーのーせ』でテストの結果を出す。負けたら、その場の全てをオゴリだし、海外旅行まで。
絶対負けられません。

普段の生活では仕事の時間がほとんどで他の事を考える時間がなくて、
ここまでのことしないと、勉強できないんです(汗)
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# by shuxaku | 2005-01-10 21:17 | +++ Diary +++
しちりん。
今、『七輪』にすごく惹かれてる。

炭入れて、うちわでパタパタやって、旬のものや地元で獲れたものを焼く。
もちろん野外で。コンパクトだから家の庭でもいいし、防波堤でも、砂浜でも、森の中でも
どこでもいい。しかも風にも強いし、燃焼効率がいいから少しの炭だけでも大丈夫。
七輪に使われてる『珪藻土』という土はプランクトンの死骸が堆積してできた自然の産物。

自分が住んでる部屋(日本の)も壁の色が嫌で、白に塗り替えようと思った。その時も一般的に使われるペンキはホルムアルデヒドの問題あるし、自分で住む家だから自然素材のものがいいと思って、ホームセンター行って、珪藻土の壁塗り用のものを買って、ひとり部屋の中で格闘してたときもあった。夏は涼しく、冬は暖かく、珪藻土は昔から日本で使われてきて、実用的でもある。自分の部屋は、決してきれいに塗れたわけではないけど、優しく独特の質感がある。自分で塗ったから愛着ももちろんあるし、そんな珪藻土の壁がなんかいい。

自分の家にはスチールのバーベキューセットも持ってるし、大人数だったらこっちの方が便利。だけど少人数だったら、七輪のほうが自分には心地よい。なんか素朴で、あたたかい気がする。そしてそういう時は、なぜか日本っぽくありたいとも思う。
炭の遠赤外線は料理を美味しくさせる効果もある。魚のうまみ成分グルタミン酸が増えるとも聞いたことがある。

火をおこして、網の上を眺めながら、周りの景色を感じながら、ゆっくり焼けるのを待つ。
そして美味しそうな匂いが漂ってきたら、箸でついばみ、口に運ぶ。

そんな小さな夢だけど、それって実は贅沢なことなのかなとも思う。
七輪。さすがにひとつの七輪を7人で囲むことはできないだろうけど、
またそれが語源かどうかもわからないけど、皆で輪になって、食べるの悪くない。

上海に住んでるからか、そういう日本のものがとても恋しくなっている今日この頃。
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# by shuxaku | 2005-01-08 23:18 | +++ Life +++
たくさんの「タシデレ」と「トゥジェチェ」を忘れない。
チベット語で、こんにちは、そしてありがとう。
数え切れない出会いと別れ。

ラサからローカルバスで2時間弱のガンデン寺。標高4500Mのところにあるこの寺をひととおり見終えて、トレッキングも終えて、帰りのバスまでの時間を持て余しているとき、僕は幅1m程の路地裏を気の向くまま歩いていた。その時、前方に座っていたおじいちゃんチベット僧が突然僕の方にやってきて、手を引いて、ひとつの建物の中に連れて行ってくれた。
黄色いカーテンで全ての光が遮られたこの部屋で、僕は不思議なものを見た。
数え切れないくらいたくさんの金色の観音像。その数は余裕で千を越しているだろう。
こんななんでもないような部屋になんでこんなにたくさんの像があるのだろうか。僕は食い入るように部屋の中を歩き、眺めた。おじいちゃんの僧はニコニコしながら自分のことをずっと見ている。彼はこの部屋を自分に自慢したかったのだろうか、それとも他の意味があったのだろうか。今になってはわからない。

帰りのバスで隣に座ったチベット青年僧がアメをくれた。父、妹と一緒に巡礼中の彼。中国語は全くできない。僕は「歩き方」の写真を見せたり、その付録のチベット語ページを使って簡単なコミュニケーションを試みる。彼の名前を何度言っても発音が違うと言われる。なんて難しいんだって顔をすると、彼ははにかむように笑う。

b0069430_17472018.jpgたまたま同じバスだった自分以外の外国人、コリアンの女の子2人組。彼女らと一緒にバスを降りて、ジョカンを見渡せるマンダラレストランの屋上へ。彼女お勧めのメニューを食べながら、ラサビールで乾杯。高い建物があまりないラサの夕焼けはとてもきれい。
その後、ビールを買い込んで彼女らのゲストハウスで飲み会。気づいたら自分ら3人でラサビールの瓶20本空けてた。こんなにビールを飲む女の子は久しぶりに見た。

自分の宿にゲストハウスのドミトリーに戻ると、部屋では日本人の大学生と香港人のカメラマンがおしゃべりしてた。香港人の彼女、西チベットのカイラスに向かう車で、車が横転する事故に巻き込まれて、頭部を強く打ったという。今も眩暈がするとほほ笑んでいる。

b0069430_120060.jpg

チベット人の居住区がラサ北部に遷されていると聞いた。次の日自転車を借りて、市の北部へ。どこにあるかわからないけど、あてもなく北へ。でこぼこの土の道を普通の自転車で行くのはなかなか大変。思うように前に進まない。この道を自転車で行くのは自分ひとりだけ。
皆が振り返っていく。それにしても、ひどい砂ぼこりだ。
道の右側には高い塀が続いている。ラサ監獄と書いてある。左側はチベット人が住んでいる。その時気づいた。周りの人らが自分を見ていることを。右側の塀の上から制服を着た人が自分を見てる。左の人々も自分を見てる。ニコンのカメラぶら下げてるから、目立ってしまったらしい。道を行くのは公安車と軍用車ばかりのこの道。道を右に曲がると人民軍の制服を着た人らが大勢いる。さすがにこれ以上行くのはトラブルの元と思って、引き返した。チベット人が住むこのエリアに、たくさんの軍関係の施設があるのが不気味だった。
一人のチベタン少年が自分に好奇心を持ったのか走って追いかけてくる。
笑いながら「タシデレ」って言って彼は去った。

たくさんの人々に出会った。
バンコクから成都までチャリで来て、トルコ目指して、これから冬のチベット越えに挑戦するY君、極寒の西チベット帰りの無茶ばかり薄着のT君、チベットの村で日本語を教えているチベットマニアNさん、タシ1で出会った富山の病院関係勤務のYさん、ラサ初日からハードな体験、これからインドへカレー修行に行くT君、静岡で小学校の先生しているカメラ好きなUさん、そして名もわからぬたくさんの日本人、5人の韓国人、オーストラリア人、イギリス人、アメリカ人、そしてチベットの人々。今だからこそ、出会うことができた人々。

ラサで一番大きな寺、ジョカン。夜明け前から、入り口の脇で五体投地を繰り広げる人々。
気温はもちろん氷点下。その凍てつく寒さの中で、熱心に祈りをささげている。
入り口脇の両方の炎の煙は、その祈りを天に届けているよう。
その前で立ちすくむ自分。
空が白みはじめるその時に、その全ての光景を眺めていたら、涙があふれ出てくる。
いま、チベットに来てよかった、心からそう思った。
ありがとうチベット、いつかまた絶対に行きます。
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# by shuxaku | 2005-01-07 18:14 | +++ Travel +++
ひとりのチベタン少年との出会い。
今回の旅で自分が見たもの、感じたものたち。
それは今もチベットの地にあるものもあれば、
一瞬にして消え去ってしまったものたちもある。
とてもいとおしくて、儚いものばかり。けど自分に出来るのはそのひとつひとつの
『カケラ』たちを自分の心に置いておくこと、そしてここに書くということ。
すべての出会いに、ありがとうってつぶやいてみる。

自分の体が復活した後のこと。12月27日。

ラサ中心部から少し離れたところにセラ寺という寺がある。
約100年前、チベットが鎖国政策をとっていた時期に日本人の河口慧海がチベット仏教を学んだ場所としてこの寺は知られている。このセラ寺の中でチェ・タツァンという最大規模の学堂があり、そのチェ・タツァンの裏側、裏山との間にこじんまりとして、至るところ壊れかけた小さな学堂がある。
あまり人気のないこの学堂の2階の歩いているとき、上に伸びる木のはしごを見つけた。
どう考えても参観コースではないだろう。けど、はしごの先に見える青空に妙に惹かれた。
何があるんだろう。上ってみたい・・・。
周りを見渡すが、人の気配はない。
よし上っちゃえ!

はしごを上り終えて、周りの景色を確かめようとしたその時、
背後から「ハロー!!」の声が。  
んっ??驚いて、振り返ると、さらに「はしご」を上った上のところに
一人のチベタンの少年がいた。しかも手招きしてる。
そのまま、さらに少年がいるところまであがる。 
「你好」と挨拶すると、
「给你」といって、挨拶代わりなのか、一枚のせんべいをくれた。
「谢谢。你会中文吗?」「一点」
こんな感じで、この少年との会話が始まった。

彼の名はダンジレクサ、11歳。この場所で一人、チベット語の書き練習をしていた。
11歳といっていたが、自分から見たら小学校低学年にしかみえない。
やんちゃで、人懐っこい彼は学校には行っていないといった。
だからか、自分の名前をチベット語で書けない。けどラサに住んでるからか彼は
チベット人だけど、少し中国語を話せる。
僕は不思議でならなかった。
チベットで最大の都市ラサに住んでるのに、なんで学校に行ってないのだろうか?って。
田舎だったら、学校行ってないのまだわかる。
行きたくても行けないのだろうか。いろいろな思いが頭をよぎる。
聞いてもそのことは口を閉ざしたままだ。
あまり彼を問いただして傷つけてしまうのも恐かったから、別の質問にした。
あの建物はなんて言うの?とセラ寺の一つの建物を指で指すと、
得意げに建物ひとつひとつの名前を教えてくれた。
そして突然走り出したかと思うと、屋上を横切る細い水道管を鉄棒のようにして遊び
始めた。これが自分の得意技なんだといわんばかりに。

僕はそこに座り込んだ。
時折強く冷たい風が吹くけど、日差しが暖かくて、静かで気持ちのいい場所だった。
そして、その場所は見晴らしがとてもよかった。セラ寺の中でもかなり高い場所にあって、遠くにポタラ宮も見える。そしてすぐ裏の山にはヤギがいる。
その先ではチベタンの子供達がダンボールを尻に敷いて、山をすべり降りている。
『平和』という言葉が頭の中に浮かんできた。
今、自分の目の前に広がっている光景はとても穏やかで、平和に見えた。
けど、数十年前に破壊された建物がそのままの形で残っているのを視界の一部で捉えることもできるし、目の前には勉強したくても、何らかの事情で学校に行けていない彼もいる。

何気ない寄り道で出会うことのできたチベタン少年。
また新たな現実を目の当たりにして、自分自身複雑な思いにはなったが、
カメラの前でとても素敵な表情をみせてくれたダンジレクサ。

ありがとう。君にあえてよかった。
僕は君のために何かをしたわけじゃないし、それ以前に君が何を望んでいたかもわからない。けど、チベット語が読み書きできるようになった君にまた会ってみたい。
それまでには自分も「自分だけ満足」の世界から飛び出して成長していたい。
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# by shuxaku | 2005-01-05 19:32 | +++ Travel +++
A Happy New Year !!
あけましておめでとうございます。
ついに2005年になりました。

昨日飛行機で成都から上海に戻ってきた自分にとっては、
周りのムードのせいか、あまり新年を迎えたという感覚はありません。
中国は旧正月がメインですからね~。

それでも今回の年末年始は、けっこう日本っぽい迎えかたをしたんですよ。
ちょうどその時、四川省の成都のゲストハウスにいたのですが、
年末は日本人14人で年越しそばにカウントダウン、年始は手巻き寿司+雑煮でした。
この成都という街は、チベットへの玄関口でもあり、交通の要所でもあるため、
いろいろと旅人が通過していく場所です。
それに加え、ゲストハウスの主人がシンガポール人、奥さんが日本人というこの宿は
比較的日本人が多いほうなんです。
それにしてもこの時期に日本の若者がこの宿に14人も集まっているというのは
なんか変な感覚。中国人の友達には、日本人にとって大切なこの時期に、なんで
そんなにたくさんの日本人が成都の宿にいるんだ??って不思議そうに
聞かれましたけど。まあ確かにそうですね。
来年は日本でゆっくり迎えられたらいいなって思います。(早い話ですけど、笑)

それでは前置きが長くなりましたが・・・、

今年もどうぞ『オリジアス*カフェ』をよろしくお願いいたします。
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# by shuxaku | 2005-01-05 17:39 | +++ Diary +++
2004の最後に
今日の飛行機でチベット・ラサから四川省・成都に戻ってきました。
上海に戻るのは年明けた4日なので、またそこからこのブログをきちんと再開したいと思います。

大学の頃から、国内国外あわせて何十回と旅をしてきたが、今回は特に印象になりそうです。今まで、旅してる時国籍を超えてたくさんの人に出会い、語らい、時には行動を共にし、泊めてもらったり、素晴らしい人にたくさん会えたけど、今回もまたしかり。

けど、今回の旅が今までと違ったのは体の調子。旅の存続を真剣に考えるほどつらかった。その長い暗闇の時間があったからこそ、回復したあと、すごくうれしくて、
残り少ない時間をどうやって有効に使うか考え、そしてまだ見るべきものを見れていないあせりもありつつ、26日から今日まで充実した日々を毎日送るろうとした。

2004年の最後の旅。いろいろな『縁』を感じたこの旅は、まもなく終わります。


今日は2004最後の日。
このブログに遊びに来てくれた皆様にとって、
2005年が今まで最高の年になることをお祈りしてます。

皆様の家族、恋人、友人の幸せ、そして地球上の皆が
幸せな時を送れるように。


2004年12月31日 成都のゲストハウスにて
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# by shuxaku | 2004-12-31 17:28 | +++ Season +++
ラサの青い空と3色の変な天井
前の続き。

飛行機がまもなくラサにつこうとする時に窓から見えた景色。
真っ青な空、茶色の大地、強風に吹かれて舞い散る砂埃。

ついに来た。チベット。
飛行場から外に出ると、日差しが強すぎてまともに目を開けてられない。
そのままバスに飛び乗って、一番後ろの席に座り、あらためて外の景色を眺める。
予想以上の光の強さ。それだけのことなのに、驚いた。
言葉で聞いているの自分の目で見るのとはやはり大違いだった。

高山病対策として、一日目はあまり動きまわってはいけないというのを知っていたので、
先に宿に荷物だけ置いて少しだけ散歩しようと思った。
友達に勧められていた安宿「ゴーカホテル」でチェックインを済ませ、部屋案内されたのだが、どうも様子がおかしい。案内されて、いざ部屋に入ろうとすると、やっぱりこの部屋はダメだと言われる。そんな感じで5箇所目に入った部屋は普通の1人部屋。俺はドミトリー希望してるのに。まあ安いし(一泊20元=約300円)、今日はこの部屋に泊まろうと決めた。
そして散歩から帰ってきて気付いた。このゲストハウス、客は自分ひとりだけだってことに。。。なんか気味悪いなと思いつつも、眠くなったから夜8時には床についた。

ううっ、なんて冷たいベッドだ。まるで、氷の上に寝ているような感覚。暖房はないのあきらめてたけど、このままだったら朝やばいなぁと思いつつもも服を多めに着てねる。

・・・さむい。

寒さで何度も目が覚める。それでも空は明るくなってきた。
長い夜だった。ふと枕元の温度計を見る。「-3度」。
体感温度ではもっと低く感じる。

朝、起きてこの宿はもうやめようと思った。
けど、異常に早い動悸に加えて、頭がズンズン、めまい、吐き気で
しばらく起き上がれなかった。

けど、このままここにいたらさすがに体が持たないと思って、体を起こしてホテルを探す。
自分が行く宿、行く宿全て暖房なんてない、だんだん体がふらふらしてきた。
ようやく見つけた「ヤクホテル」の標準間。1泊130元と少し高い気がしたが、
今の自分はここしかありえなかった。
日当たりのよい部屋で、暖房もついている。部屋の中にトイレもあれば、シャワーもあるし
湯沸かし器などそろっていた。

この宿の標準間で22日昼から25日朝までずっと寝ていた。
出来るだけ多くの水分を取った。この間、パイロゲン濃縮をたくさん、一日リンゴ1つ、みかん数個を食べて過ごした。

その間、ずっとベッドの上で横になっていた自分が見たもの。
窓から見える青い空、赤、青、黄の奇妙な柄の天井だった。
この場で朝か夜か昼か分からない生活を送り、いろいろなことを考えた。
正直帰りたいとも思った。

けど、25日の朝、なんとか動けるようになって、いろいろな話を聞いた。
飛行機で来ると体の高度順応が追いつかなくて、高い確率で高山病になるとか
体内での酸素の燃焼量が低いため、ここで風邪を引いたらまず低地に戻らないと
治らないよとか。けど、得体のしれない現地の強烈な薬、注射にもお世話にならなかったし、この体に感謝しながら、今までの分を取り戻そうって考えてます。
宿で出会った、チベットで1年半生活生活し、その間日本語を教えている日本人女性や極寒の西チベット・カイラスからバスでやってきた日本人大学生と一緒にチベット鍋をつつきながら、元気をもらいながら、また明日もチベットの地をこの足で歩きます。

皆さん、コメントありがとうございます。
今は時間の関係でこの店を出ないといけないので、次回お返事させていただきます。
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# by shuxaku | 2004-12-26 19:24 | +++ Travel +++
チベットの前。
いやー、ご無沙汰してました。
今はチベット省都ラサのネットカフェからです。

チベットに着いたのが21日の夕方、そして今は26日の夕方。
この間にどんなことがあったかというと。。。

ずーーーーーーーっと寝てました。
もちろん寝たくて、こんなに寝てるわけじゃないんです。(笑)
ある意味予想通りでもあり、けど自分にとって予想外の高山病ってやつになってしまいました。

原因はいろいろあるんです。

旅出発直前の17日夜、自分言いだしっぺ企画の飲み会がありました。前に在籍してた上海大学と今在籍してる上海交通大学の合同飲み会。来年はテストで皆忙しいし、それが終わったらそれぞれの国に帰ってしまうし人も多い・・・。同じ学校、クラスであれば来年でもいいけど、そうもいかない人らもいる。こっちで知り合った日本人、中国人、それ以外の国の人々とそのままバイバイってのもなんかイヤだなと思ったんで、帰る前になんかやらかしておこう・・・って上海大の友達らと企んでやったこの飲み会。人数は当初より減って25人くらいだったけど、最後にいろんな人と再会の誓いなど挨拶しながら飲んで、少しほろ酔い状態。
んで、気付いたら2次会はクラブバーで、少し飲んで、
変な踊りをやって、家にたどり着いたのが朝5時。

んっ、明日からチベット行くってのに、準備たいして進んでないじゃん(++)
晩御飯の約束あったから、それ以前に準備をやらなきゃって
少しだけ寝て、買い物して。。。一通り終えてから、約束の時間だから出発。
んで、旅の前日というのに、またまたごはん食べて、おしゃべりして、お酒飲んで
またも家に帰ってきたのが・・・。おそーーい時間。

飛行機は朝早い時間ということもあって、もうこの時に、軽く睡眠不足入ってて、
飛行機内では爆睡。

成都でも休みなく、2日間動きまわってて、
気付いたら、すこーし体にだるい感覚。

喉が痛い。

まあラサ行きは目の前だし、
もういいっ、ラサに行ってしまえーーーという勢い。
そう、勢いがありましたあの頃は。笑
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# by shuxaku | 2004-12-26 18:29 | +++ Travel +++
チベット問題
チベットへの旅まであと少し。
今週の日曜・19日に上海を出てまず四川省成都に向かう。その二日後、ラサへ。
その関係で、今のうちに上海でやらないといけないことがいろいろあって、変に忙しい。

今回チベット行こうと思った理由はいくつかある。
『世界の屋根』といわれるチベットへの憧れ、写真撮影、雑貨仕入れ。
それに、今しか時間がないってのもある。
けど、なによりも今自分の目で見ておきたいことがあった。
「チベットの現実」ってやつを。

今から書こうと思っていることは、ここのブログテーマに少しそぐわないものだと思う。
けど、日本の隣中国で今も現在進行形で進んでいる問題を書かずにいられなかった。
人が幸せになりたいって気持ちは国境を越えて共通のものだから。

チベット。
中国の西南部に横たわるこの広大な土地は日本の6倍の面積で、平均標高4000m、世界最高峰のエベレストがあるヒマラヤ山脈もここにある(国境部分)。このチベットが、中国という国の一部になったのは数十年前のこと。1950年、中国政府がチベットに侵攻してから、チベット人への虐待、虐殺が始まった。1959年ラサで蜂起が起こり、チベット仏教のトップであるダライラマ14世はインドに亡命。あとを追って10万人のチベット人もインドへ亡命。その時、チベット人にとって、大切な寺という寺が破壊され、15万人いたと言われる僧、尼僧は公開処刑され2000人弱にまで減り、その時期から1980年代半ばまでの一般チベット人の犠牲者100万人を超えるといわれる。
この虐待、虐殺は今だに密かに続けられている。チベット人の血を絶やすための強制交種、強制避妊手術、そして冤罪による死刑。そして今もたくさんのチベット人がネパール、インドを亡命している。見つかれば、そのまま殺される確率も高い。
日本のODA(援助金)は中国の沿岸部に使用され、支配地であるチベットまでは届かない。環境的・経済的なこともあって、チベットは学校が少なく、識字率が低い。これは「相当の間は貧困からの脱出はできない」ということを意味している。

歴史というものは『立場』によっていろいろな見解が出来てしまうだけに、恐ろしい一面がある。今回ここに書いた情報も、多くの情報からおおまかに共通している内容だけを書いたが真実は自分にもわからない。中国政府がひた隠している部分もあり、常に監視されているチベット人は自由な発言も許されない。その関係もあってか、日本のメディアで大きく取り上げられることも少ない。

今世界中の人権団体がチベットへの支援を行っているが、中国政府との問題もあるので、困難な状況はなかなか打開できていない。自分がチベットに行くことでしてあげられることなんて何もないかもしれない。けど、日本の隣の国で起こっていることを自分の目でみて、自分なりにできることを考えてみたいと思っている。少なくとも圧力をかける一人にはなれるだろうから。

■2004年12月現在、一人の高僧が冤罪で死刑執行されそうになっています。

■チベット・ナムリン学校プロジェクト

■TIBET TIBET(ノンフィクション・ロードムービー)
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# by shuxaku | 2004-12-16 23:30 | +++ Travel +++
パイロゲンって何?
説明の前に・・・
この「パイロゲン」について書くのは、注意が必要だった。
なぜなら、今まで書いてきたせっけん、ヨガ等の総体的な名称とは違って、これは会社の
製品の特定の名前だということ、そして何よりも製品自体が素晴らしいものだけに、
自分が下手なことを書くことで生まれる誤解は絶対避けなければいけないからだ。
世の中には健康食品を謳ったものが巷にあふれている。その中にはいいものもあれば、サギまがいのものもある。そのこともあって注意が必要だった。
現に、検索でたどり着いたサイトでも、このパイロゲンについて少し間違った記述をしているサイトがあったくらい。けどやっぱりここで自分が書こうと思ったのは、このことについて書かないと、これから先のことが書けないと感じたから。


人間の体の70%は水だ。そして地球の大部分も水で覆われている。そのくらい、人間にとっても、生命ある生物にも欠かせない水。その水が、環境汚染をはじめとした様々な問題によって、『酸化作用』と『還元作用』のバランスを崩している。

ではここに出てくる『酸化の作用』とは何だろうか?
ここで例を挙げてみたいと思う。例えば、目の前に一本の釘があったとする。
その釘を、そのままにしておいたら、やがて「錆び」はじめるだろう。これは鉄が酸素と化合することによって発生していて、その作用を『酸化作用』と言う。(酸化⇔還元)
これと同じことが、人間(生物)の体内でも起きている。酸素を吸って、二酸化酸素を吐く、この当たり前の行動によって、人間も酸化している。ただ、さまざまな行動を通して、この『酸化』と『還元』のバランスをとっているが、上に書いたように、環境、食べ物の変化などにより、このバランスが崩れ、その結果として体が酸化して、それが老化、病気となって体にあらわれる。


~ 「水」の2つの作用 ~
酸化作用 ・・・ 苦い水 ・ 酸素系 ・ 崩壊型 ・ 腐敗

還元作用 ・・・ 甘い水 ・ 水素系 ・ 蘇生型 ・ 生きる


この酸化に傾いた水を甦らせる技術(還元・抗酸化)を「FFC」技術といい、生物の機能や生命力を高める。この「FFC」技術と各種の酢(米酢、リンゴ酢、柿酢、梅酢)、ビタミン、ハチミツなどを配合し、誕生したのが株式会社赤塚の『FFCパイロゲン』という清涼飲料水。
(一応念のために・・・、合成の酢、甘味料、着色料、保存料は一切使用していません)

清涼飲料水と書くと、普通の「ジュース?」って思われるかもしれないが、使用方法は飲むだけにとどまらない。洗濯やお風呂、掃除、美容に使ったり、料理に使ったり、農業(植物)に使う人も多い。使い方や具体例は挙げればキリがないので、ここでは少しだけ紹介します。

①普通に飲む。
 FFCによって生命力が高まるので人間(生物)は病気になりにくい体になります。
 これは体内の水(血)がきれいになるため。
*医薬品ではないため病気を治すという宣伝はできませんが、治った人、
話はたくさん聞きます。自分は病気になっても、薬は飲まないで、これしか飲みません。
 怪我した場所に塗るだけでも、治り方が早くて、自然です。

②パイロゲンを1000倍に薄めた水に、市販の野菜を30分ほど入れる。
 還元作用によってはずれた農薬が浮いてきます。(体内へ入る農薬を最低源に抑える)
 そして、野菜は普通のものより長持ちします。

③数千倍に薄めたパイロゲンを農業、観葉植物に使用。
 生き物が元々持っている力を高めるので、病気になりにくく、農薬、肥料の量を減らす、
 もしくは無使用で、みずみずしく、おいしく育てられます。
農業だけでなく、水産業でもFFC技術が注目され始めてます。
 (もともとの原理はすべての生物同じですよね)


このアカツカグループのFFC技術は、2005年愛知県万博の「バイオ・ラング」で採用されることが決まっています。詳しくはアカツカグループHPへどうぞ。


*この文章は株式会社赤塚出版の印刷物、広辞苑、体験者の話を参考に、
 僕がこのブログのために書いた文章です。そして、回し者でもありません(笑)
*このパイロゲンの総発売元は、株式会社赤塚で、基本的に店で買うことはできません。
*その他、質問などあれば、メールでもお答えしますので、どうぞ。
 (メールアドレスは、左部分の[Link]の下部分に書いてます)

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# by shuxaku | 2004-12-16 18:55 | +++ FFC +++
人間の足
裸足が好き。
子供の時から、ずっと好きだった。
一番楽だし、ペタペタと地べたを歩く感覚がいい。
本当は外も裸足で歩きたいけど、ガラスの破片とか踏んだら嫌だからさすがに靴を履く。

そんな自分は夏、仕事がない時はほとんどビーチサンダルでうろちょろしてる。
大学の頃はほんとにビーサンを長い期間はいてて、覚えている限りでは5月から10月まで履いてた年もある。(場所が高知だったってのもあるだろうけど)
友達と2人で沖縄半分野宿の旅をしていた時も、ベトナムをしばらく旅したときも、日本国内チャリでの旅も、いつもビーサンはいてた。

自然体が好きだった。足だって呼吸してるんだからと思って。
足には体中のツボが集まっていて、裸足になることでそのツボが刺激され、体にもいいし。
だからずっとそうやって生活をしてきた。

けど最近、確か「人間の足」って冷やしちゃいけないんだよなって思い出した。
親が読んでた本でも下半身冷やしたらいけないって書いてあるし、このブログのライフログで紹介してる『自然のレッスン』にもそう書いてある。アウトドアの知識でも下半身は冷やさないようにっていうこと知ってた。下半身を冷やしてはいけないことは知ってたけど、実際部屋にいるときは裸足でフローリングの上のペタペタ。
        

そしてこれからのお話は、ちょっと別の次元の自分。
最近自分って冷え性なのかな?って思うことが多かった。
足マッサージに行っても足冷たいねって言われるし、部屋にいても寒いと感じることが多かった。部屋の中は暖房つければいいのかもしれないけど、唯一の暖房でもあるエアコンをつけると部屋が変な匂いになるし、空気だけ温まってて、自分は全然みたいな感じで好きじゃないからあまりつけない。
寒く感じる時はもちろん靴下を履いてたけど、それでもくるぶし下までの短いやつだった。

そんな自分が来週からの寒い場所への旅に備えて、防寒用のものをいろいろと買った。ウールの靴下、汗は出すけど暖気は逃さない靴下、そしてアウトドア用のアンダーウエア。
部屋で試しにそれをはいてみた。

ほんとうにびっくりした。

上半身はロングTシャツ一枚だけ、下はズボンとその下にもう一枚、高機能の靴下(ウールじゃない方)。座ったまま1時間でも全然寒くならない。
前は同じ気温で、ジャンバーを着ていたのに。

なんなんだ、この差は・・・・。

この時、やっと本で知ったことを思い出した。
下半身の防寒をきちんとするだけで、こんなにも違うなんて。

そのくらい知ってるよ~って思った人も多いと思うけど、
自分はこんな毎日の生活からちょっとずつ学んでる。
いくら自然体がいいと思っても、やっぱり寒い時期にはちゃんとそれなりの
格好をしないといけないなって思った。(←当たり前だけど、笑)
冬に裸でいるのは不自然だとしたら、冬の寒い部屋で裸足も不自然なのかなって。
(お寺の僧、剣道・柔道の人たちは冬でも裸足だったよなぁ、と思い出したけど)

人間の足、これからも頑張ってもらうためにも、
今はちょっとだけいい靴下はいてる。

また温かい季節がやって来たら、裸足で床ペタペタ生活はじめようと思う。
けど、それまではなるべく冷やさないように・・・。
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# by shuxaku | 2004-12-15 01:55 | +++ Life +++
ほよ~ん。
ふざけた題名だ・・・(笑)
けど、今はほんとにそんな気分。

今までヨガ行ってきてました。
今日はヨガクラスの人数が少なく、先生1人と生徒3人。自分以外の2人は香港人。
さすがに英語ペラペラだ。んでもって、広東語は話せるけど、普通の中国語は全くダメ。
彼ら2人は結構長くヨガやっている人たち。ということで、今日は自習に近く、
間違ったところや忘れたところを先生が個別に教えてくれた。
これって、かなり贅沢。。。

いつもは先生のマネをして、必死にやってたが、今日の場合「あれっ、次はどんな動きだっけ??」と自問しながら、いつもより丁寧に。
今までもだいぶ汗は出ていたが、今日の出方は半端じゃなかった。全ての動きできちんと動きに合わせて息をゆっくり長く吸って、そしてゆっくり吐いて・・・。喉の奥で独特の「スーーーッ」って音がなっている。今までは知らないうちに時々さぼっていた「スロー呼吸」。
呼吸次第でこんなにも違うのかと驚いた。体がいつもより伸びていくし、頭の中の感覚も違う。今日もまたヨガの奥深さ、人体の奥深さを知った。
終わったあとの爽快感も今日は格別に思えた。

先生に来月日本に帰ることを告げると、日本にも私の友達でアシュタンガヨガの講師やっている人がいるからって、紹介してくれることになった。これで、日本でも今のヨガができる。。。
けど、恐らく金額がネックになってしまうだろうな。今上海でやっているヨガは1回につき90分で600円くらい。日本の相場は3000円くらいっていうから全然違う。

今日は自分にとって今年最後のヨガクラス。忘れないように、そしてこれから一人でもできるように毎日繰りかえさなきゃいけないよな。

そう、来週の今頃はチベット。
聖なる地でヨガをやってみたいけど、4000Mの高地では
高山病の問題あるからヨガは止めたほうがいいのだろうか。行ってみないとわからないけど。
ヨガの代わりに、早起きして中国人の太極拳にでも混じってみようかな・・・。
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# by shuxaku | 2004-12-14 23:26 | +++ Yoga +++
はじめの第一歩。
スローライフ。

決してだらだらすごすわけじゃない、ココロにゆとりをもって生活すること。
自分にとってのスローライフの第一歩は、『朝の早起き』。

朝早くおきることで、朝に余裕の時間をもつことで、朝のココロのゆとりが一日中
続きそうな気がする。

朝ぎりぎりに飛び起きて、慌しく部屋を飛び出す。そして満員電車にゆられて・・・・。
この時点で、ゆとりを失くしてしまっている。仕事をいざ始めたら「ゆとり」とか言ってられない
からこそ、朝の時間を大切にしたい、こう考えている。

早起きをした日は、もちろん午前が長いし、誰よりも得をした気分にもなれる。

ここまで、わかっているけど自分は、ここにも書く必要があるくらい、朝が苦手。
朝きちんと起きれるように、目覚まし3つセットしたり、天井に『起きろ』って張り紙したり(笑)
今は前日の晩ご飯を出来るだけ早い時間に食べる事、食べ過ぎない事、ときには晩御飯抜いてみたり、そうすることですこーしずつだが何かが変わってきたような気がする。

先月26歳になった自分の目標のひとつ。朝の早起き。出来る人にとっては屁みたいな目標かもしれないし、自分でも子供みたいな目標だと思う。

朝、鳥のさえずりと共に起きて、窓を開けて新鮮な空気を吸う。それから体操したり、ヨガしたり、走ってみたり。早くそんな日が来るように、頑張っていきます。


P.S いい方法知っていたら、教えてください。
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# by shuxaku | 2004-12-13 11:57 | +++ Life +++
ヨガ。
人によってはいろいろな先入観があると思う。確かに凄いポーズもある。そして宗教ともからんでくるだけに、そう思われるのは仕方ないのかなって思うこともある。
けど今の自分にとっては、とても必要な運動。
ダイエットで始める女性も多いが、ご存知の方も多いと思うが効能はそれだけじゃない。もともと医学に基づいて体系化されたこともあって、体の歪みをとったり、心肺機能を高めたり、しなやかで強い筋肉も作る。ジムで作る筋肉とは少し違う。
また身体的なことだけでなく、心の落ち着き、集中力も増すといわれている。
自分でやっていて感じるのは、自分の呼吸を意識して、呼吸に合わせて体を動かしていくからか、とても充実感がある。
自分がヨガを始めたのは、一人でもできるということ、そして人間がもともと持っている免疫能力を高めるから。マッサージしてもらったりするのも好きだが、経済的なこと、時間的なことを考えると、やっぱりヨガにおちついてしまう。
他にも気功、太極拳などもいいと聞くが、今はヨガを好んでやっている。

今は多くのスポーツ選手、格闘家、芸能人がヨガをはじめてすごく評価されてきているけど、日本はやっぱり金額高いこととヨガのスクールもそんなに多くない。
全国的に普及するには、もうちょっと時間がかかるんでしょうね。
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# by shuxaku | 2004-12-12 19:45 | +++ Yoga +++
薬に対する思い
西洋と東洋の文化観、宗教観の違いはいろんなところにある。前者の場合、人間は自然を制していて、自然の上に人がいようとする考え。後者の場合、人と自然は同じ位置にあり、人間は自然と共に生きていく考え。大学でそのように習った。それは別にどちらが優れているとかじゃなくて、現実としてそうあるのだと。
医学でもそれに近い部分があると思う。西洋医学では人間の体の中に悪いものがあったとしたら、薬やメスを使って、それを取り除いたり、殺したりして、病気を治していく。西洋医学は即効性があるし、発展も目覚しいものがあって、たくさんの人に受け入れられていった。ただ、その発展と同時に人々が自分で考えることをしなくなった。薬を飲んでおけば、大丈夫と…。僕は、そのことがすごく恐いことだと思う。

最近、東洋医学が見直されつつある。即効性はないが、ゆっくりゆっくりと改善していく。基本的に薬を使わないから副作用もない。メスとか薬とかの問題じゃなくて、自分の免疫を高めることで、病気を防いでいく。

自分は医者でもないし、専門的なことはほんとに知らない素人だ。けど、その素人からしても、今の世の中の病院、薬との付き合い方っておかしいと思う。これを見ている人の中で病院関係者もいるだろう。けど、わかってほしい。決して、病院や薬を攻撃したくてここに書いてるのではないこと。病院・薬を利用する側の普通の人たちに、もっといろいろ考えて欲しかったから。

今まで自分が書いてきたことをわかってもらうために例を挙げてみよう。
例えば、便秘になったとする。そこで便秘を治すために便秘薬を飲む。確かにその時はそれで解決したことになる。けど、またはその人は生活を変えない限り、絶対に便秘になる。そうして薬を飲み続けていくうちに、その薬が効かなくなり、量を増やしていったり、もっと効き目のある薬を使ったり・・・。根本的には何も解決できいていない。

普段の生活で、水の摂取量が多くない、白砂糖を使った甘いものばかり食べている、運動していない、お腹・下半身を冷やしている、など挙げたら原因なんかいくらでもあると思う。それを改善しない限り便秘はずっと続くと思う。薬が恐いのは、それはどんどん体の中で堆積されていることだ。目に見えないからわからないけど、それが腸や子宮など体の全体に必ず影響を与えていく。
そして『万病のもと』といわれる便秘によって、肌荒れが生じて、そこに抗生物質・ステロイド系の塗り薬をつける。もう悪循環にはまっているとしか思えない。
けど、そういう人は多い。胃が痛くなったら胃薬とか単純に薬を飲むのではなく、もうちょっと薬との付き合い方を考えたほうがいいと思う。それを続けている限り、常にあなたのそばから薬が離れていかないだろうから。効きめが高い薬ほど、危険なんだから。(極端な例だけど、インドで下痢になったある旅人は、インドの下痢止めを飲んだら、一週間便秘になったと苦しんでた)


何の薬がいいのか悩む前に、病気になった原因を探り生活習慣をちょっと変えて、自分の免疫力が高まることをしていけば、ほとんど薬なんていらないと思う。
これが僕のいいたかったこと。


余談だが、親の知人のある医者は有名な病院を辞めた。理由は「上」との考えが合わなかったから。薬を渡す必要のない患者でも、病院の「上」の指令で、必ず出すようにと。薬は病院側からしたらお金になるし、患者側としても安心する。両方にとって、悪い事ないじゃないかという「上」の考えだった。これはある例だけど、そういう病院少なくはないと思う。
それとは別の医者に僕は尋ねてみた。どうやったら長生きできますか??って(笑)。そしたら、その医者はこともあろうに、薬を飲まないことだねって。病気になる前に、普段から食事が運動など生活に気をつけて、自分の免疫を高めておく事。それが一番大切なんだと。そして薬は、よっぽどの時以外は絶対使用してはダメだって。薬は、一応名前は『薬』だけど、別名『毒』なんだからって。医者がそういうことを言うのが可笑しくて、笑ってしまったけど、これは真実だと思う。

『医食同源』って言葉もあるけど、やっぱりその通り。
これを読んでいる、あなたが少しでも、この問題について考えてほしかったから。

ここで出会ったのも何かの『縁』。


みんなが幸せな生活を送れるように。
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# by shuxaku | 2004-12-12 19:17 | +++ Life +++
体のリフレッシュ。
昨日の土曜日は朝からヨガだった。9月から通い始めていたけど、テストの関係でしばらく行ってなく、久しぶりのヨガだった。ヨガにはいろいろな種類(流派)があって、今自分がやっているのは『アシュタンガ・ヨガ』というもの。ヨガの中ではわりと激しい部類に入るらしく、その言葉の通り、自分的にはかなりギリギリのところをいっている。(笑)

まだ初心者のコースなんだけど、今でも十分にやばい。しかも昨日のヨガが久しぶりだったこと、その前日に友人宅でのクリスマスパーティーがあって、自宅に帰ってきたのがもう少しで外が明るくなりそうな頃だった、という事もあってか、体を曲げた瞬間、自分の体が自分のものでないような気がした。あれっ、こんなに体がにぶってるとは。
前日飲んだお酒は、全て汗となって、なんとかやり終えた後はすごく爽快な気分。
ヨガの最後の方に、部屋を暗くして、仰向けになるんだけど、目をとじていると、すーーっと
眠りに入ってしまいそうな、心地よさ。

ヨガ終わったあと、チャリンコに乗りながら考えてた。
上海という街ですっかり生活になじんで、最近あんまり新鮮感、ドキドキ感ないな、
テストも終わったことだし、久しぶりにちょっとワンダーなもの探してみようって。
そう決めた自分はニコンの一眼レフに20mmという超広角レンズをつけて、それだけ
持ってバスに飛び乗った。このバスでは途中までは行った事あるけど、それから先は
未知の世界。バスから見える景色は、だんだん高層ビルがなくなってきて、工場、空き地
ばっかりのところになってきた。よし、この際終点まで行ってみようと思った。
バスに揺られること1時間。着いたところはいたって普通の住宅街。けど近くに高層ビルが
全然なくて、空が広い。道ばたの上にそのまんま魚を置いて売ってる人たちがいた。
うわっ、なんかすごい。上海にこんな景色があることに驚き、ドキドキワクワク。
さらに進んでいくと、魚が野菜に変わった。そしてその突き当たりには大きな市場。
入ってみると、豆電球の光と人々の笑い声があふれていた。
客はそんなにいなくて、みんなのんびり、雑談をしている。
カメラを持った自分はその中で、やっぱり浮いていて、皆に注目されてる。『うわーっ、たくさんの眼が俺を見てる』このゾクゾク感、すっげー楽しい。
売ってる野菜を撮ってる自分を見て、おばさん達は大笑い。何が楽しいんだろう?まあいいや、撮る事で怒られる事はなさそうだし、自分も笑っとけと思って、仕返しにニヤリ。おばさん達の笑い声が一層大きくなり、周りにいた子供やら、おじちゃんたちまで集まってくる。
うへ~~~っ、なんじゃこりゃ。ベトナムとか中国の田舎の方ではこういう体験あるけど、
上海では初めて!と思いながら、てくてく市場をぐるぐる回ってる自分。
魚の血で赤っぽく光った通りを歩き、上海カニが淀んだ水の中で泡を出し続けるのを観察して、ダックがすらりとぶら下がっている通りを通り抜けて、外に出た。
なんて外は新鮮な空気なんだろう。普段汚いと思っていた上海の空気もまだここらへんはマシみたいだ。冬の冷たい空気を深く吸いこんで、ポケットに両手をつっ込み、
僕はバス停に向かって歩きはじめた。
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# by shuxaku | 2004-12-12 16:42 | +++ Yoga +++
今日のできごと。
南京西路のスターバックスで、仕事の資料整理しているとき、
となりにすごい美人集団が来た。6人くらいの集団で、全員が顔小さくて、体細くて、
目鼻立ちがはっきりした顔立ち。一応全員白人なんだけど、金髪×青目系じゃなくて
黒髪×黒目。アジア系の血も入ってるような感じで、本当に美人。
周りの客も皆振り返って見てるくらい・・・。多分モデルの人らなんだろうけど、こんな集団を
まとめていた中国人のおっちゃん、お行儀よく鼻ほじってました・・・。

その20分後。
デパートのエレベーターを待ってる時、エレベーターのボタンを小指で押す人を生まれて初めて見た。自分はいつも人差し指だから、それがすごく意外。

思わずそのボタンを押した人の顔を思わず見てしまった。そしたらなんとその人まで、余った片方の手で、鼻をほじっていた。

まただよ・・・。

今日2回も、人が鼻ほじるのまじまじと見てしまった。うぅっ。
お願いだから、人の目の前で指を鼻に突っ込んだまま、スクリューみたいに手を回転させないで下さい。

b0069430_21412156.jpgすみませんでした、汚い内容の日記で・・・。
ここに書く必要もないどうしようもない内容ですが、誰かに伝えたくて。

ここ最近上海はクリスマスっぽいイルミネーションがだんだん増えてきたとこです。右のはツリー建設中の写真です。夕方に通りがかったところで、パチリと撮ってきました。

そんな自分は今から、フィリピン人友人宅のホームパーティーに行ってきます。開始時間が夜9時半ってのも驚きだけど、参加人数が50人ってのも驚き。そんなに入るのかな・・・。
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# by shuxaku | 2004-12-10 21:29 | +++ Diary +++
■■合成界面活性剤■■
この言葉を初めて聞いたのは小学生の時。
何の授業かは忘れたが、ビデオを見る授業で、そこには汚い川の様子がうつっていた。
川じゅうが泡だらけなのである、それを初めて見た時、日本にはこんな川があるのか、
とビックリしたのを覚えている。その主な原因は、家庭による排水で、そこに界面活性剤が
登場してきた。自分の中では、自然界に大きなダメージを与えるものとして捉えていたけど、
ある時それは人間の体にも大きな危害を加えていることを知った。
けど、実際の生活は何が変わるわけでもなかった。恐らくそこに何の不便も感じていなかったせいかもしれない。

ここで、これを読んでる皆さんにぜひぜひ読んで欲しいサイトがあります。

阿修羅さんHP「はげシャンプー」

ここに書かれいている内容を信じるか、信じないかはあなた次第だけど、
この問題について、もうちょっと僕たちはいろいろな情報を知っておくべきではないかと思ったので、こういう形で紹介させて頂きました。

ちなみに今、僕は『せっけん派』です。
世の中の人がひとり、ひとり界面活性剤が含まれているものを使用しなくなれば、
自分自身の体だけでなく、自然に対してもダメージがどんどん少なくなっていくと思います。

それと上記HPには書かれない、もしくは確認できなかったことですが、コンタクトの洗浄・保存液にも界面活性剤は使われています。
自分の対策方法はパイロゲンを使用して、そのダメージを出来るだけ少なくしています。
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# by shuxaku | 2004-12-10 02:20 | +++ Life +++
今日の夜
今夜は久しぶりにひとりでゆっくりできそうだから、
のんびりDVDでも見ようかと思っている。

今この部屋にあるだけで、DVDが100枚近くあって、そのうち見てないのが3割ほど。
それを全部見るだけでも大変なんだけど・・・。DVDはテスト勉強の時にずっと封印していて、見るのは3週間以上ぶり。なんのDVDを見ようかそれを考えるだけでもワクワクだ。
そういや最近はCDもよく買っていて、CDも50枚は軽く越している。
両方とも中国に来て買ったものばかりだから、考えたらかなり早いペースで買っているなぁ。

そうそう今まで買い物に行っていたんです。場所は襄阳市場といって、お土産やブランドの偽物ばかり売っている、上海では一番有名な市場。その中に一店舗だけ、チベット・ネパール・インド雑貨を扱うお店があって、お香の匂いが漂うこの店は市場の中では、異色で、洒落た雰囲気。そこの店員とは前から仲良くてお互いにいろいろ雑貨情報を交換しているのだが、『今月末にチベットに行ってくるよ』って言ったら、チベットの雑貨は上海の雑貨より高いよって・・・・。
b0069430_2254813.jpgんな、バカな。けど彼女はウソ言っている風でもなかったし、どうなのかな。
彼女が言うには、ラサはだんだん観光客が増えてきていて、値段が高くなっているとのこと。
けど、上海より高いことはないだろう。前にチベットの東隣の四川省でチベット雑貨買ったらすごく安くて、同じものが上海ではすごく高く売っていたし。
自分の目論見としては、今チベットは極寒で、観光のオフシーズンであるから、観光客も少ないはず・・・。ということは、だいぶふっかけてきそうな感もあるが、自分が買わないフリをしたら、向こうから追ってくるはず。向こうにしてみれば、大量に買ってくれる美味しい獲物(自分のことです)がいるわけだし、売れないよりは安くしてでも売れたほうがマシなわけだから。
まあ百聞は一見にしかずということで、自分の目で確かめるしかないようです・・・。

んで、今日も話すだけ話して何も買わないという嫌な客になっていました(笑)
上の写真のお香はインド香の中では日本で一番有名なお香。(いろいろなクラブ、レストラン、雑貨屋で使われている)けど上海では一度も見かけたことがないので、店員さんにお薦めしてきました。けど、好き嫌いは分かれるでしょうね~。
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# by shuxaku | 2004-12-09 22:52 | +++ Diary +++
自分が育った街
千葉県四街道市。
戦時中は軍事基地があったといわれるこの街は、今東京近郊の街ということで、
宅地開発がものすごいスピードで進んでいる。
僕はこの街で4歳から19歳まで育ってきたが、正直あまり好きじゃなかった。
東京郊外の街ということもあってか、きれいな川はないし、登山できるような山もない。
まあそれでも、市内各地にちょっとした緑はあって、そこで小魚捕まえたりして遊んだことはあるが・・・。田舎でもなく、都会でもないこの中途半端な街を、自分の中では『住宅で出来た街』だと思い込んでいて、こんな街早く離れたいとずっと思っていた。

話は少し変わって・・・
小さいころから周りに山が見えない環境で育ったせいか、毎年夏に行っていた熊本の親の実家に行くのが楽しみだった。新幹線で東京から博多に向かう途中、水が澄んだ川を通過する度に、窓の外の景色に釘付けになり、あーここで僕だけ下ろしてくれないかなと思ったことも数え切れない。東京ー博多間で通過する川で『遊びたいと思った川』をすべて数えた夏もあった。

大学受験の時、千葉を離れるチャンスだと思った。人に言うのは恥ずかしいけど、当時の自分は学校の内容よりも、場所で選んでいた。寒くなくて、太平洋に面した県。
その中でも自分にとって未開の地・四国の四万十川がある高知は憧れの場所だった。
毎月読んでいた『Outdoor』(すでに廃刊)にしょっちゅう出てくるし、絶対にここに行ってやろうと。念願かなって行った高知は自分にとって最高の条件がそろっていた。
授業終わって、そのままクラスの皆で自転車カゴにラジカセのせて、近くの鏡川へ行って、河原で焚き火して、BBQして、泳いで、のんびりして。学校から15分くらいの川でもすごく清んでいて、初夏にはたくさんのホタルも舞う。
今までの自分に足りなかった何かを取り戻すかのように、毎週のように、川の上流へ上流へチャリを走らせていた。河原で音楽かけて、寝そべりながら本を読んだり、
ほんとに20歳前後の男がやるようには思えないくらい自然につかっていた。

b0069430_0294252.jpgそんな自分も大学を卒業すると、やはりこれからのこととかを考えないといけないし、卒業後関東に戻ってきた。自分は田舎もすごく好きだけど、都会も好きで、東京での生活もそれはそれで充実していた。今まで電車で行っていた渋谷にも新宿にも、下北沢、高円寺もぜんぶ自転車圏内になったから。仕事が休みの時は、よさそうなカフェとか見つけたりギャラリー回ったり、買い物したり、のんびり本読んだり、都会での生活もそれなりに満足していたあの頃。

けど2003年夏、当時の仕事を辞めて、四街道で住むことになった。
そして久しぶりに戻ってきたこの街は、やっぱり住宅と人口だけは増えていて、
けどこの街に対する考えが前とは違っていた。学生時代に素晴らしい自然にたくさん
触れたからかもしれない。昔より、寛容にこの街を受け入れることができた。
そういう風に考えが変わると不思議なもので、昔は嫌いだったこの街にもなんとなく
愛着を持てて来ていた。そんな時今の会社が四街道のさらに郊外にオフィスを建てた。
そこの近くには、昔ながらの田園風景も残っていて、昔から知っていた場所ではあったけど
こうして近くで生活するようになると、そこの風景が自分の中にすっと入ってくるような、なんとなくデジャブーみたいな感じで、懐かしい思いになり、お気に入りの場所となった。

ここの地形は『谷津田』といって、千葉県にはわりと多い地形だそうだ。谷津田の詳しい説明はここでは省くが、ここだけは比較的自然が残っている。谷津田の真中には2m弱の小川が流れ、そこの小さな土手は地元民の散歩コースでもあり、春になると菜の花が咲いて、目を楽しませてくれる。この手繰川を取り巻く景色はすごく好きだけど、一概には喜べない。
川にはところどころプラスチックや空き缶などのゴミもあるし、川と平行に走るドブはゴミだらけで、しかもなんかの油だろう、不気味な色で水面が光を照らしている。そこに立てられた看板には昔はホタルがいたと思われる記述があるが、今ままで見かけたことがない。メダカも相当に数を減らしている。そしてここは夜になると人っけのない場所であるため、業者によるものと思われるゴミの不法投棄も各所にある。

自分が住む街の自然がだんだん汚れていくのが嫌で、昔この街を出たが、逃げるんじゃなくて、自分の手でなんとかできるのなら、自分が好きになれるようにしていきたいなと思う。いろいろやり方はあるだろうけど、既存の地元・環境系コミュニティでの活動にまず参加してみようとかなと今は思っている(日本帰国までに準備はしないといけないなぁ)。谷津田を取り巻く農家の協力も得て、FFCテクノロジーを用いて、水田に使用する農薬から土壌の改善を含めて、勉強すること、やらないければいけないことは多い。けど、自分が住んでるところの自然を見直し、満足できるよう動いてみよう。上海を見ていて、そう思った。
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# by shuxaku | 2004-12-08 23:00 | +++ About +++
そういえば
ここはスローライフ提案のブログなのに最近のダイアリーは飲みの話ばっかり・・・。
『オーガニック』、『エコライフ』などが目当てで、もしくは検索サイトでヒットして、ここを訪れてくれてる人がいるとしたら、悪いな~~って思ってしまいます。

けど、日記を書こうとすると今日も飲んだなということくらいしか覚えてないんです。
下等生物並みの脳みそになってしまいます。いや、こういったら下等生物に対しても
失礼なくらい。

んで、今も・・・・飲み帰りです。
10月に北京行ったときに、一緒にいった友達(駐在員)が今週日本に帰国すると言うことで
送別会してきました。

今日はブラジル料理。66元(1000円弱)で食べ放題です。
自分で好きなおかずを取りに行くバイキング形式なんだけど、メインの肉だけは、
串にでっかい肉を刺したウェイターが、自分の皿の上で切り分けてくれるんです。
ただこのペースが早くて、1分に一人は肉を持ってくるというペースで、
みながつがつ、がつがつ食べて、気づいたらお腹がはちきれんばかりの満腹さ。
時間はといえば、入店してから30分もたってないのに、皆完全にフォークと
ナイフを皿に置いて、食べることを放棄してるくらいでした。


話変わりますけど、僕自身肉は普段あんまり食べなくて、嫌いじゃないけど、
別に食べなくていいやって感じなんです。上に書いたものと180℃矛盾してますけど・・・。
肉を食べる習慣というのは、寒冷期に食べるものがなくて、仕方なしに人間がそれを
狩猟して食べたというのが、始まりだそうで、ある地域の人はそれをそのまま引き続けて
いったみたいです。欧米では肉を食べるのが習慣になっていたけど、もともと人間の胃の構造は草食動物に近いものらしく、日本人は肉を食べる必要性はあまりないんじゃないかなと個人的にも思っています。
もともと自分の母親があまり肉が好きじゃなく、ステーキとかいかにも『にく』って感じのものは出なかったせいもあるのかもしれないけど、今でも魚の方がはるかに好き。
実家の冷蔵庫に食べ物を『陽』と『陰』に分けた紙みたいなのが張ってあって、最初はなんじゃこりゃみたいに思っていたけど、マクロビオテックの本読んだりし始めてそれがどういう
意味を持ってるかやっとわかり始めてきました。大学の頃一人ぐらししていて、基本的に自分でご飯を毎日作っているときも、ひき肉は買うけど、それ以外の肉というのはあんまり買う気がしなくて買ってなかったことを思い出したけど、自分の中にはすでにそういう食事が自然になっていたのかな。(というか、料理がパターン化してたからかも、笑)
まあ肉を使っている時点で、マクロビオテックとは違うんですけどね・・・。
たくさん肉を食べて満腹感は確かにあるんだけど、どちらかというと玄米、野菜、大豆製品
中心の食事の方が自分にはあっていると思う。何よりもご飯を食べた時の嬉しさが全然違う気がする。自分のココロとカラダは直結しているわけだし、いい仕事、いい遊びをするには、
お腹を満たす何かではなく、体が喜ぶような食事をしていきたいなって思う。
以上、酔っ払いのつぶやきでした・・・。(笑)

マクロビオテックって何??って方はどうぞ参考に
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# by shuxaku | 2004-12-08 21:47 | +++ Diary +++
日本食。
今日も友達とお酒を飲んだ。これで3日連続。
明日も飲み会だし、こんなに続くのは久しぶり・・・。

今日は僕の友達、上海人の女の子2人を日本人の男友達に紹介するという飲み会で。
2対2の飲み。これは、コンパというのかな?
上海人のセシリアが運転する車で、日本料理屋へ。
車はワーゲンのポロで、こっちで買うと日本より高く、300万円くらいするそうだ。
日本との物価の違いを考えると、日本の価値より相当上にある。
僕の友人は、そのことに感動を覚えていたくらい、すごいそうだ。
しかも彼女は20代前半ということもあるからか余計にそう思ったのかもしれない。

僕の友人は学校の同じクラスで、歳は僕より一つ上の77年生まれ。
学校に行きながらこっちで自分の鉄鋼関係の貿易会社を開いている。
そして上海人の女の子2人のうち一人はこれまた貿易会社の副社長、もう一人は
広告デザイン会社の社長。二人とも20代前半で、かなり忙しく飛び回っている。
二人とも裕福な家庭の育ちということもあってチャンスに恵まれてる部分はあるけど、
このハングリー精神は自分も見習わないとなって強く思う。

彼女らは寿司が好きということで寿司も頼んだけど、それ以外に串焼き、から揚げ、刺身、おでん、サラダ、肉じゃが、揚げ出し豆腐、サンマ塩焼きなど彼女らにとって初めてのものばかりがテーブルの上にならんだ。なかなかの贅沢。
自分にとっても久しぶりの食べ物ばかり・・・。やっぱり日本食はうまいなぁって思う。
まあ自分のことより、彼女らの口にあうかどうかを心配してたけど、特に鳥から揚げ、揚げ出し豆腐はヒットしてたので、まあ良かったかな。

今日の出会いがすぐ仕事につながるわけではないけど、なんでもコネ社会の中国では
プラスになったと思う。自分もいつか無農薬中国茶とかチベット雑貨を本格的に輸入する
ことになったら、おもしろくなりそう。
まあ、今は一人こっそりアジア雑貨を買いだめして、日本のフリマで売るくらいの量しか
ないけど、日本に帰ったらそれはそれで楽しみながら商売してやろう。
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# by shuxaku | 2004-12-07 23:59 | +++ Diary +++
飲み会ウィークの幕開け
。。。送別会。。。

うちのクラスの一人の日本人の太太(奥さん)が妊娠9ヶ月に入り、
今週には日本に帰国するということで、『圆苑』という高級感のあるレストランで送別会。
集まったのは全部で14人、日本、韓国、フィリピン、タイ、インドネシアの同学たち。

一次会が終わってからも、10人はそのまま歩いて、
衡山路のメキシコバー『ZAPATA’S』へ。
なぜか中国語で山手線ゲームやったり、ピンポンパンゲームやったり。
負けた人はもちろんテキーラ!!!
こういうことは大学の頃に自分の部屋でよくやってたけど、本当に久しぶりで燃えた。(笑)
ここのバーは、同学のフィリピン人のAとEの行きつけの場所なんだけど、
上海ではわりと有名な一軒家のバー。少し暗めの照明に、木調の落ち着いた雰囲気で、
吹き抜けの感じやそこから見える庭がなかなかグッド!!
週末はとても混むけど、平日はおちついた雰囲気で楽しめるバーですよ!

最後にMさん、元気な赤ちゃんを生んでくださいね!
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# by shuxaku | 2004-12-06 23:57 | +++ Diary +++
ふーっ。やっと試験が終わった。
上海に来て、7ヶ月あまり。
今はこっちの大学で語学留学しながら、時々仕事という環境の中にいる。

思い返せば、上海に来た時は『ニーハオ』『謝謝』くらいしか知らない、中国語ド素人・・・。
そんな自分が上海で暮らすうち、少しずつだが言葉を喋れるようになってきた。
異国の言葉を使ってコミュニケーションをとる。ただそれだけなのに、楽しいし、嬉しくもある。
まあ自分の語彙のなさのために、もどかしい思いもたくさんしたけど、それらも今となっては
全て『いい思い出』。

b0069430_2341762.jpg今上海という街がすごく好きだし、もっとここにいたいという気持ちもある。
けど、来年の一月には仕事の関係で、日本に戻らないといけない。日本はすごく好きだけど、今は上海を離れるということ、ただそれが少し寂しい。


日本に帰ったら、せっかく覚えた中国語を忘れてしまう可能性がおおいにある。(泣)
今がピークで、日本に帰ったら中国語レベルがだんだん下がっていく。その可能性も
十分ありえるだけに、今の自分の能力をテストで測ってみようと思った。
そして中国に行かせてくれた会社にもこれを証明しないとけいないという気持ちもあるから。
『僕は中国に行って、日常生活にほぼ困ることのないくらいの言葉をマスターしました!』
こんなに主観的で、子供染みた言葉は許されないってのもあるんだけど。(笑)

そういうわけで・・・・
今まで自分が勉強してきたことを、形として証明するために、このHSK試験を受けた。
人が人の評価をするときいろいろな方法があるけど、資格や試験の点数というのは
客観的に判断できるひとつの基準。もちろん大切なのは、それだけじゃないけど・・・。

この試験勉強というのは、語学の勉強ではあるが、個人で勉強できる。
つまり相手を必要としない。せっかく中国にまで来て、語学の勉強を、
ひとり学校の図書館でやるという日本でもできそうなことをやっていて、
『こんなの本末転倒だな』とか思いながらも、今だけはがまん、がまんという
感じでいろいろな誘惑(?)を抑えてきた。
だからこそ、今日このテストが終わったということが、本当にうれしい。

テスト終わってから皆で学校近くの食堂にいった。ごはん食べながら、ビールを飲みながら、
あそこの答えはあーでもない、こーでもないと言いながら。けど皆がテストが終わった
これからのことを想像して、すっごく楽しそう。

そう、この瞬間をずっと待ち望んでいたんだ。


その後、ほろ酔いのまんま、准海路のスタバで友人Iと来週飲み会の打ち合わせ。
と、いいながらも15時から18時まで、雑談ばっかりで、本題は15分くらいで終わって
しまった。やつ、俺がスタバでオレンジジュース飲んでることバカにしやがった・・・!
しかも今自分の中で結構大きな問題として、日本への引越しのことがあるんだけど、
部屋の中にスーツケース4つ分相当の荷物+上海の愛用チャリをどうやったら安く
持って帰るれるか。その事言ったら、なんでそんなに荷物あんの??って・・・。
2ヶ月前に仕事の用で少し日本戻った時、上海に荷物たくさん持っきたことを今になって
後悔してる自分・・・。まあ、なんとかなるっしょ!!(←ひらきなおり)

友人Iと分かれたあと、Nに突然電話して、一緒に晩御飯。
有名チェーンのピザ屋へ。もう街はどこもクリスマスだらけだ。
オーダーを取りに来た、ピザ屋の店員がうつむいて注文書く時に、頭に着けてる『トナカイの角』が俺の頭を「コンコン」突いてくる。それに戸惑った顔をした俺に気づいたのか、
Nとその攻撃してきた店員は大爆笑。

まったく!それが本物のトナカイの角だったら、血流すところだっつーーの!
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# by shuxaku | 2004-12-05 15:30 | +++ Diary +++
+++ amin +++
先月自分の好きなノラ・ジョーンズのサイト見てるとき、偶然日本でのレコード会社が同じ彼女のサイトを発見。今自分が上海にいるということもあるんだろうけど、上海出身の彼女の声と中国語の語感がなんか、ホッとくるような感じで好きです。サントリー烏龍茶のCMで有名ですよね。今はCDもってないけど、日本に帰ったら即買いの予定。(笑)サイトでアルバムの曲を試聴できるので、興味あったら聞いてみて下さい。

amin オフィシャルHP 
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# by shuxaku | 2004-12-03 22:27 | +++ Favorite +++
えぇっ!?
今日のビックリ出来事。

学校から自分の部屋に戻る途中のこと。

僕は自転車に乗りながら、前方の異変に気づいた。
車道の真中あたりに、たくさんの人が集まっている。
夕方ラッシュの時間帯、車道に人だかり・・・。
何か交通事故でもあったのかなと思って、自転車で何気なくそこを覗いてみると、
そこには信じられない光景が・・・・。

道の真中に噴水があったのだ。
「えっ??」頭の中が一瞬とまった。
今朝この道を通ったときは、なにもなかったのに・・・。
よくよく見てみると、道の真中に直径50センチくらいの穴があいていて、
そこから勢いよく、水が吐き出されているのだが、
それはまさしく公園の噴水が道の真中にできたような感じ。

水道管でも壊れたのだろうけど、こんなことがあるとは・・・。
恐るべしミラクルが起こる国、中国。

車のクラクションが鳴り響くその道路を、
僕はニヤニヤしながら、離れた。
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# by shuxaku | 2004-12-03 19:19 | +++ Diary +++
+++ ノラ・ジョーンズ +++
2003年春、仕事帰りに寄った下北沢のCD屋で出会ったのが初めて。
それまで名前は何回か聞いていて、気になってたけど、いつもCD屋にいくと忘れていた。

当時、代田橋(杉並区)というところで一人暮らししていて、そこから港区三田まで
自転車で通勤していた。なかなかハードな仕事で、休みは月に1,2回程度で、勤務時間も
朝8時から夜12時半まで、片道1時間の通勤時間もあるし、家に帰るとクタクタの毎日。
そんな環境で生活していた時、夜2時過ぎ代田橋のアパートでこれを聞くと、
心が落ちつくのを感じた。体中に声が染み渡るような優しい声で癒してもらってました。(笑)
特に思い入れのあるシンガー。
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# by shuxaku | 2004-12-02 17:34 | +++ Favorite +++
~Oryzias~
オリジアス
この言葉、聞きなれない人も多いと思う。
ギリシャ語で"Oryzias"、英語で"Rice Fish"とも言われる
この正体は『メダカ』である。
学名はオリジアス・ラティペスといい、『水田に棲むひれの大きな魚』という意味だそうだ。

そんな名前がつけられるくらい、米と深く関わりのある魚・メダカ。
誰でも知っていて、日本の淡水魚を代表する魚でもあり、
昔の日本には田んぼの近くの小川にたくさんいたと言われる魚。

それがいつの間にか、レッドデータブックで絶滅の危機が増大している種として
記載されてしまうほど、その数は急激に減っている。
原因はいろいろある。工業・生活排水、農薬、河川護岸工事、外来魚など。
それらが複合的に絡み合って、メダカの住みやすい環境を奪ってきた。

僕はふと思った。米と深く関わりのあるこの魚が減ってきているということは
日本の農業環境もどんどん良くない方向に向かっているんじゃないか。
もちろん効率だけを求めたら、昔より今の方が生産性があがっていると思う。
けれど、それだけでは計れないない何かを、どこかに置き忘れているんじゃないかって。

ここ最近、無農薬、低農薬で生産された農作物も増えてきて、世の中を多くの人が
健康に気遣い、『オーガニック』に目を向け始めている。
これはすごくいい流れだと思うし、単純に世界中がそうなってけば嬉しいと思うけど、
なかなか難しいと思う。経済的な問題もあるけど、まずその大切を理解してもらうことが。

今自分にできること。
自分が住んでる所から遠くで起きてる問題を気にしながらも、
いますぐに自分から始められることから動いてみよう、やってみようと思った。
それがオリジアスカフェを作ろうと思ったきっかけ。

いつかメダカ、ホタルが日本中に戻って来ることを祈って。
そしてそれと共に、僕たち人間が自然と共存し、仕事、家庭、友達など含めた
生活を心ゆたかに過ごせることを祈って。

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# by shuxaku | 2004-12-01 10:00 | +++ About +++